『何か大事なことが欠けている』
先日、とある忘年会に参加してきました。
その忘年会は、僕よりもずっと歳の離れた人たちが大半を占めていました。
その忘年会に参加して、改めて大人が苦手なんだなと痛感しました。
大人が苦手と痛感した理由として、
まずは初対面の大人に対して多少自分を守りがちになっていたこと、即ち人見知りマインドが発動してました。
例えばですけど、僕はしばしば「肌が綺麗ですね」と言われます。そのときの僕の返答は「ありがとうございます!よく言われます!」でした。
他にも、「手が暖かいですね」と言われたときの返答が、「僕は手が熱いんですよ!」でした。
この状態では、認められて嬉しいで終わっています。
本来ここでは、相手が自分を褒めてくれたので、そのお返しとして相手のいいところを見つけて褒めるのが最高です。
大人が苦手だからといって、子供にも褒め忘れることはそりゃありますが、なんでしょうか、大人は色々指摘してくる存在だという概念が執着していて、大人を恐れているのかもしれません。
そういうと指摘してくる人が嫌い…指摘されると不快になってしまう僕がいますね。
目上の人が多くいると、自分にベクトルが向いて心を閉ざしてしまう。昔からなんも変わってないですね。
あとは、人を愛することができても、真に愛することができないという気づきも改めて気づきました。
僕のできる愛とは、友情に近いものですね。
仲良くなったから、その人のために頑張ろうとする姿勢…それが僕の愛です。
だけど、それ以上発展することがありません。
昨日の忘年会で、「人を愛する前にまず自分を愛せ」と言ってた人がいました。
僕は自分を愛してるつもりではいますが、どこか嫌いな自分がいるのも事実です。
自分を愛することは確かに難しいし、多くの人は自分を愛することがなかなかできないと思います。
だって、自分を愛したらナルシストとか言われて不快な思いをすることがありますから。そういうこと言う人ほど、自分を愛せていないんですけどね。
何か頑張ったら(特に運動してたら)、自分を尊敬できるようになれたりしますが、その状態が常に続くわけじゃありません。
続いたら最高ですね。
続けるためには、常に向上心を持つことが大事なんでしょうかね。。
『何か大事なことが欠けている』という題名も、僕が大人がたくさん集まる忘年会に参加して、こうしていろんなことが欠けていることに気付かされてできました。
今回の記事は、文章的にもかなり自分にベクトルが向いて、読者になんもプレゼントできてませんが、ここまで読んでいただき、ありがとうございます🙇♂️